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■Biography |
| ●ジョニートッド プロフィール |
Johnny Todd 略歴ジョニートッドは生地オーストラリアで全豪タレントコンテストに出て賞を取り、16歳の若さでプロの音楽生活に入った。
高校で勉強をしながらも、彼はすぐにラジオ、テレビ、コンサートの演奏活動で忙しい人となった。
ハリーブラックHarryBluck音楽学校を卒業して、演奏、作曲、編曲の活動を全豪でつづけていき、彼は22歳でシドニーの有名なラテンクォーターの音楽監督の地位について、サミーデイヴィスジュニア、ナンシーウィルソン、ビージーズなどたくさんの世界的なアーティストの伴奏と編曲を5年間担当した。
27歳のとき彼はオーストラリアを出て、香港ヒルトン、マンダリン、ペニンシュラホテルなどアジア地域のクラブで演奏するようになった
アジアでの活動のあとジョニーはハワイへ行き、著名なジャズ歌手アニタオデイや、長年ルイアームストロングのバンドのトロンボーン奏者だったトラミーヤングと一緒に仕事をした。
1970年代初めにジョニーは有名なハワイの歌手ドンホーの伴奏バンドの音楽監督として新たな契約を結び、これは以後30年に及んで持続することになった。これらの仕事をやりながら、ハワイだけでなくLA、SF、ボストン、ワシントンDCなどアメリカとカナダの主だった都市で、ジャズの演奏活動を続けていった。
彼はたくさんのジャズフェスティバルにも出演し、バディデフランコ、パーシヒース、パキートデリベラ、レイブラウン、スティーブタレー、ビルワトラス、ケニーランキン、ダグマクドナルド、ジェフハミルトンらとも共演している。
これらの活動のなかには、毎年二ヶ月間ラスベガスのフラミンゴホテルの大ショウルームで音楽監督としてレギュラー出演するという10年契約もあった。
この時期にジョニーはABCテレビの全米放送で92回にわたって定期出演し、トニーベネット、メリサマンチェスター、ドロシーラムーアなど錚々たるアーティストの伴奏バンドの音楽監督をつとめた。
●主な出演歴
アメリカ 全米TV番組 ジョニーカースン・トゥナイトショウ, マーヴグリフィンショウ, ハワイ5オー, マイクダグラスショウ, プレイボ ーイアフターダーク, キャスィアンドレージスショウ, サンフォードアンドサン / レッドフォックスとともにマクラウド /デニスウィーヴァーとともにブレーディバンチ, チャーリーズエンジェルズ , ABCの全米デーリーショーに音楽監督して92回出演
ラスべガス フラミンゴメインショールーム、音楽監督として年二ヶ月、10年間出演 シーザーズパレス, フロンティアー , オーリンス , ラスベガスヒルトンホテル
ロスアンジェルス ココナットグロウヴ, ビバリーヒルズホテル, ラミラダコンサートホール, コンベンションセンター / ロングビーチ
サンフランスィスコ サークルスター劇場
サンディエゴ コンベンションセンター , ハンフリーズ
キャリフォルニア諸地域 フレズノ、サクラメント
ワシントンDC コンスティチューションホール
アトランティックスィティ、ニュージャージー , タジマハール
マサチューセッツ ボストン、ソーガス、フラミングハーム
シカゴ ミルラン劇場 メイソニクホール
そのほかの都市 テクサス州サンアントニオ、ボーモント、オクラホマ州タルサ、インディアナ州マン スィ、オレゴン州ポートランド、ワシントン州シアトル、ミネソタ州ミネアポリス、ウィスコンサン州グリーンベイ
キャナダ トロント、ウィニペグ、レジーナ, クィーンエリーザべス劇場 / バンクーバーBC
オーストラリア ホテルブライトンルサンド, クージーベイホテル, シェブロンヒルトンホテル, モータークラブ、リーグズクラブ、ミュージシャンズユーニオン, ラテンクォーター, シドニーで5年間音楽監督
【日本】
TV出演 NHK、TBS "LINCOLN"ラジオ出演 J-Wave FM, 湘南FM,葛飾 FM パレスホテル(クリスマスコンサート)帝国ホテル 東京ヒルトン / 新宿 , アンバサダーホテル / ディズニーランド, ANA ホテル, Westin ホテル, 東京 パークハイアット/新宿 インターコンチネンタルホテル/ 横浜, シンフォニーヒルズ東京にて年4回のコンサート、ジョニートッドトリオ とゲストによる(スパイダーウォーク1-4)
地方出演 キャッスルホテル / 名古屋、ワシントンホテル / 神戸、石庭ホテル / 日光
●Johnny Todd began his professional musical career at age 16, following
his prize winning performance in a national talent contest in his native
Australia. He immediately found himself busy with professional performances
on radio, television and jazz concerts while continuing his high school
studies.At age 22, Johnny was appointed musical director of the famous
Latin Quarter in Sydney where he spent a busy 5 years arranging for, and
backing many international artists such as Sammy Davis Jr., Nancy Wilson,
The Bee Gees etc.
At age 27, he left Australia with soul-mate, jazz singer Ethel Azama for international appearances in Asia, performing at such places as the Hong Kong Hilton, the Mandarin. and the Peninsula Hotels.
Following his Asian Tour, Johnny arrived in Hawaii, where he he began working with renowned jazz singer Anita O’Day, and long time Louis Armstrong trombone player, Trummy Young.
In the early 1970s, Johnny began an engagement as musical director for famed Hawaiian singer Don Ho, which was to span over a period of 30 years. Interspersed with these activities, Johnny found time to continue his jazz career in Hawaii as well as performances in most major U.S. and Canadian cities ranging from Los Angeles and San Francisco to Boston and Washington D.C. He has appeared in many jazz festivals, performing with such artists as Buddy DeFranco, Paquito de Rivera, Steve Turre, Bill Watrous, Kenny Rankin, etc.
These activities included a 10 year contract to fulfill regular performances as musical director of the main showroom at the Flamingo Hotel in Las Vegas for 2 months of each year. During this period, Johnny also acted as musical director for 92 performances on ABC national television in the U.S, backing up many prestigious artists like Tony Bennett, Melissa Manchester, etc.
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